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札幌高等裁判所 昭和43年(う)326号 判決 1969年7月03日

控訴人・原審検察官・被告人 佐藤ツネ子

被告人 佐藤忠 佐藤ツネ子

弁護人 小笠原六郎

検察官 関野昭治

主文

一  原判決中、被告人佐藤忠に関する公訴事実第一の二についての無罪部分および被告人佐藤ツネ子に関する部分を破棄する。

二  被告人両名を各罰金三万円に処する。

三  被告人両名が右罰金を完納することのできないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人両名を労役場に留置する。

四  被告人両名につき、公職選挙法二五二条一項に規定する選挙権および被選挙権を有しない期間を二年に短縮する。

五  訴訟費用中、原審および当審証人広瀬尚幸、原審証人因英太、同高橋正躬に支給した分は被告人両名の連帯負担とし、原審証人尾藤雅一、同喜井貞逸、当審証人日野武に支給した分は被告人佐藤ツネ子の負担とする。

六  被告人佐藤忠に関する公訴事実第二についての無罪部分に対する検察官の控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、札幌高等検察庁検察官関野昭治提出にかかる控訴趣意書および弁護人小笠原六郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一  検察官の控訴趣意第一点(公訴事実第一の各事実についての事実誤認)について

公職選挙法二二五条三号の特殊利害関係利用威迫罪(以下、「本罪」という。)が成立するためには、当該利害関係を利用する行為者において、威迫の内容に対し何らかの影響力を与え得ることを必要とすると解すべきことは原判決の説示するとおりである。これを公訴事実第一の各事実(以下、本項においては、これを「本件」という。)に即していえば、本件における利害関係は、原審公判廷における検察官の釈明によれば、臨時郵便集配人の地位にある被威迫者因英太と紋別郵便局長ないし濁川郵便局長との間に存在する郵便物集配委託契約上の関係であるから、被告人につき本罪が成立するといい得るためには、被告人において、右関係を因に不利益に変更、消滅させること、より具体的には、所論も述べるように、因の紋別郵便局長ないし濁川郵便局長との間に存する郵便集配委託契約を解除されあるいは契約期間満了による再契約を拒否されることにつき何らかの影響力を与え得ることを必要とするというべきである。

ところで、本件のように、行為者が直接相手方との間に存する利害関係ではなく、第三者が相手方に対して有する利害関係を利用して威迫をなしたという事案において、行為者が右の影響力を与え得るかどうかの判断に当つては、当該利害関係の性質、内容およびその関係における被威迫者の地位等相手方と第三者との間に存する事情とならんで行為者の社会的地位、第三者との従前の関係およびこれに対する発言力等行為者と第三者との間に存する事情をも考慮する必要があり、一方これらと関係して、被威迫者が問題となる威迫の内容の実現につき不安、動ようを抱くにいたつた事情があるかどうかということ-これは直ちに行為者が前記の影響力を与え得るということと結びつくものではないがそのことの重要な間接事実として-を重視しなければならない。

叙上の観点から本件を考察するに、記録および原審で取り調べた証拠に、当審証人広瀬尚幸の証言を総合すると、因が締結した郵便物集配委託契約は法的には紋別郵便局長との間のものであり、契約期間は昭和四二年四月三〇日までであるが、右契約は事実上濁川郵便局長広瀬尚幸が担当し、かつ右因に対する指導監督も同人において行ない、かつ右委託契約の解除又は再契約の当否についての決定も事実上右広瀬の判断にかかつていたこと、右委託契約は一年度を単位とする比較的短期間のものであるうえに、同契約においては、紋別郵便局長ないしは濁川郵便局長において契約を解除し得る場合として、因が郵便物の集配を拒み又は故意にその集配を遅延させたとき、因が郵便物の集配を所定の時刻又は手続どおり履行せず、又は故意に郵便物の取扱いを粗雑にするなど郵便物の安全、正確かつ迅速な集配に支障があると認められるとき、その他因が契約で定めた事項を履行しないとき等が掲げられていたこと、因は国家公務員としての身分を有する正規の郵便集配人ではなく前記のように一定期間ごとに締結される委託契約によつて集配業務に従事するものであるうえに、臨時郵便集配人を希望する者は同一地区で他にもいる等の事情もあつてその地位は必ずしも安定したものではないこと等が認められるとともに、郵便集配業務において利用者の苦情の有無ということは前記解約事由の存否とも関係することから郵便局側にとつて重要な関心事であり、濁川郵便局長においても毎年利用者宅を歴訪し苦情の有無について調査しており、かつ苦情の申立があつた場合はこれを誠実に処理する建前であり、その結果として前記委託契約が解約され、あるいは解約にいたらないとしても翌年度の再契約が拒否されるということは有り得ないわけではないこと、被告人佐藤忠はその居住する濁川部落の居住者中では大口の郵便利用者であり、濁川郵便局長も毎年全利用者の六分の一を選んでその自宅を歴訪する機会におおむね顔を出していたこと、同被告人はまた現職の町会議員であるところから単なる郵便利用者以上の地位を有し、現に本件に関係して前記広瀬尚幸に連絡をとるや同人は直ちに同被告人宅に赴いているほどであること、また被告人佐藤ツネ子は被告人佐藤忠の妻として同被告人と一体視される立場にあつたこと等の事実が明らかであり、一方、因は被告人らの原判示のような発言によつて、被告人らの濁川郵便局長に対する発言、投書等によつて集配人をやめさせられるかもしれない旨不安、危惧の念を抱いた事実もこれを認めるに足る。そして、右認定の事実によれば、被告人らは濁川郵便局長に対し因に対する苦情を申し立てることによつて、同人と紋別郵便局長ないし濁川郵便局長との間に存する郵便物集配委託契約の解約又は再契約の拒否につき影響を及ぼし得たというのが相当であり、すなわち、被告人らは、因と紋別郵便局長又は濁川郵便局長との間に存する利害関係を利用する威迫の内容につき何らかの影響力を与え得たといわなければならない。もとより、被告人らの苦情申立ての結果直ちに前記の解約又は再契約の拒否がなされるとは考えられず、当然事実調査の上右のような措置を行なうべきかどうかが決せられるであろうが、事実調査の結果常に事案の真相が明らかになるとは限られないのみならず、苦情申立にかかる事由の存在が明らかにならない場合であつても、前述したように同一地区に臨時郵便集配人の希望者が他にもいるというような状況においては、翌年度の再契約に当つて郵便局側において無用のまさつを避けるため他の者を選ぶということは十分考えられるところであるから、この点を問題にしても前記の結論は左右されないといわなければならない。

そうとすれば、本件公訴事実の外形的な事実をおおむねそのまま認めながら、被告人らが威迫の内容につき現実に何らかの影響があると解するに足りる具体的な事実を認め得る証拠はないとして、被告人両名に無罪を言い渡した原判決は事実を誤認したものであり、かつ右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

二  検察官の控訴趣意第二点(公訴事実第二の事実についての事実誤認)について

本罪の成立するためには、利害関係を利用する行為者において、威迫の内容に対し何らかの影響力を与え得ることを必要とすると解すべきことは、公訴事実第二の事実(以下、本項においてこれを「本件」という。)についても同様でありまた右の影響力を与え得るかどうかを判断するに当つて留意すべき事項については公訴事実第一の事実について述べたところがそのまま当てはまる。

ところで、本件における利害関係は、原審公判廷における検察官の釈明によれば、被威迫者である滝上町立滝下小学校教諭袴田信郎と同町教育委員会又は教育長との間に存する人事上の関係であり、したがつて、被告人佐藤忠につき本罪が成立するといい得るためには、同被告人において右の人事上の関係を袴田に不利益に変更、消滅させること、より具体的には、所論も述べるように袴田を転任させることにつき何らかの影響力を及ぼし得ることを必要とするというべきである。

ところで、記録および原審で取り調べた証拠に、当審証人袴田信郎、同中村清の各供述を総合すれば、滝上町において公立学校の教員の異動に関する権限を有する町教育委員会は、実際上は異動時期に一般的な異動方針を定めるにとどまり、個々の教員の人事は町教育長に委ねられていたこと、町教育長は右の人事をなすについての資料はその教員の属する学校校長の意見具申によつて得、右教育長以外の人事に関する希望、資料の提供等は、異動の公正および教員の身分保障を期する見地から拒む建前をとつていたことが認められ、この事実と袴田は前記因と異なり継続的な身分を有する公務員で、またその教員という社会的地位ないし身分からみても、明確な根拠なくして異動の対象とするということが容易になし得るとは認められないことを考えると、所論の指摘する被告人佐藤忠が本件当時現職の町会議員でありまたかつて文教委員をつとめるとともに、昭和三九年夏頃から滝下小中学校体育後援会長をしていた事実を考慮しても、同被告人が袴田を転任させることにつき何らかの影響力を及ぼし得たとは即断し難い。もつとも、所論のいうように、滝上町教育委員に対する任免は滝上町長が同議会の同意を得て行なうという関係から、町議会議員である被告人は、町議会において教育委員長又は教育長の出席を求め、町の教員についての言動に関する質問をなすことは可能であると認められ、また前記のように滝下小中学校体育後援会長である同被告人が袴田の勤務する滝下小学校の校長に対し袴田の言動に関し発言した場合それは同校長につき単なる一父兄としての発言以上の意味ないし影響力を持つということも推知するに難くないけれども、これらのことがあつたとしても、それが当面の問題である袴田の転任ということにつきどの程度の影響力を持つかということは必ずしも明らかでないといわざるを得ないから、この点から直ちに所論のように、被告人佐藤忠が袴田の転任につき影響力を及ぼし得たと解するのは相当でない。袴田が、原審および当審公判廷を通じて、被告人佐藤が町会議員の立場上町議会又は教育委員会に自分が選挙運動をしているということを持ち出すことはできると思つたけれども、人事権に介入する力はないと思つていたとの趣旨の供述をしていることからすれば、同被告人も多少のいざこざは予想していたとしても、被告人佐藤忠が申し向けた威迫の内容の実現ということについては不安等の念は抱いていなかつたと認められるのであり、このことも所論のように認定することを困難とするものといわなければならない。

これを要するに、被告人佐藤忠が本件威迫の内容につき何らかの影響力を及ぼし得たと認めるに足る証拠はないとした原判決の事実認定は相当であつて、所論のような事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

三  弁護人の控訴趣意について

しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判示尾藤雅一は毎年馬鈴薯を滝上農業協同組合に出荷するほか被告人佐藤忠の経営する澱粉製造工場にも出荷しており、右農業協同組合に出荷する場合は負債と出荷代金が相殺され代金の全部が現金収入とならないのに反し、被告人佐藤忠の工場に出荷する場合は全部が現金収入となり、かつ他の澱粉製造工場に出荷するよりも地理的に至便であることの特殊の利害関係を被告人佐藤忠との間に有していたこと、被告人佐藤ツネ子は右利害関係を利用して、右尾藤に対し「うちの人を推さないと、芋なんてすつてあげないよ。」と以降同人から被告人佐藤忠が馬鈴薯を買わない旨同人に不安困惑の念を抱かせることを申し向けて威迫したこと、被告人佐藤ツネ子は佐藤忠の妻である関係上、その申し向けた威迫の内容の実現につき影響力を及ぼし得たことはいずれもこれを認めるに足り、これによれば、被告人佐藤ツネ子につき本罪の成立を認めた原判決の認定には何ら事実の誤認はない。論旨は理由がない。

四  よつて、被告人佐藤ツネ子に関する量刑不当を主張する検察官の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条、三八二条により原判決中被告人佐藤忠に関する公訴事実第一の二についての無罪部分および被告人佐藤ツネ子に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により、さらに次のとおり判決する。

(当裁判所が認定した罪となるべき事実)

被告人佐藤忠は、昭和四二年四月二八日施行の紋別郡滝上町議会議員選挙に立候補の決意を有していたもの、被告人佐藤ツネ子は同佐藤忠の妻であるが、被告人両名は同選挙の選挙人である因英太が同選挙に立候補の決意を有している井上光義のための選挙運動をすることを阻止するため、右選挙に関し、

第一被告人ツネ子は、同年二月二〇日午前一〇時頃、紋別郡滝上町字上渚滑原野基線三六四番地の自宅において、右因英太が紋別郵便局長ないし濁川郵便局長から濁川郵便局集配受持区域中、滝下郵便局地域の冬期市外郵便集配業務を請け負つていることの特殊の利害関係を利用し、同人に対し、「井上さんの選挙運動の三役をやれば足をひつぱるかもしれないよ。」と郵便集配人をやめなければならないようにされるかも知れない趣旨のことを申し向けて威迫した

第二被告人両名は、共謀のうえ、同月二一日午前一〇時頃、前同所において、前同様の特殊の利害関係を利用し、前記因英太に対し、「井上さんの選挙運動をやれば足を引つぱるよ。公務員が選挙運動をすれば局長さんに投書してやめさせる。」と前同趣旨のことを申し向けて威迫した

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人佐藤忠の判示第二の所為は公職選挙法二二五条三号、刑法六〇条に被告人佐藤ツネ子の判示各所為および原判示所為は各公職選挙法二二五条三号に(判示第二の所為についてはさらに刑法六〇条。なお判示各所為は包括一罪)該当するので、所定刑中各罰金刑を選択し、被告人佐藤忠についてはその罰金額の範囲内で、同佐藤ツネ子については以上は刑法四五条前段の併合罪であるので、同法四八条二項によりその合算額の範囲内で被告人両名を各罰金三万円に処し、同法一八条により被告人両名が右罰金を完納することのできないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人両名を労役場に留置し、公職選挙法二五二条四項により被告人両名につき同条一項に規定する選挙権および被選挙権を有しない期間を二年に短縮し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により主文五項記載のとおりその負担を定める。

なお、被告人佐藤忠に関する公訴事実第二についての無罪部分に対する検察官の控訴は、前述したとおりその理由がないので、刑事訴訟法三九六条により主文六項記載のとおりこれを棄却することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤勝雄 裁判官 深谷真也 裁判官 小林充)

原審検察官の控訴趣意

原判決は、

「被告人両名は、昭和四二年四月二八日施行の滝上町議会議員選挙に際し、被告人忠において同選挙に立候補の決意を有していたものであるところ、

第一、同選挙の選挙人である濁川郵便局臨時集配人因英太に対し、同人が同選挙に立候補の決意を有している井上光義のための選挙運動をすることを阻止しようと企て

一、被告人ツネ子は、同年二月二〇日午前一〇時頃紋別郡滝上町字滝下三六四番地自宅において、右井上の選挙運動の三役をやれば、郵便集配人をやめなければならないようにしてやるかも知れない旨申し向け

二、被告人両名は、共謀の上、同月二一日午前一〇時頃右自宅において、右井上の選挙運動をやれば、郵便集配人をやめなければならないようにしてやる旨申し向け

第二、被告人忠は、同選挙の選挙人である滝上町立滝下小学校教諭袴田信郎に対し、同人が前記井上光義のための選挙運動をすることを阻止しようと企て、同月二四日午後七時頃同町字滝下右袴田方において、井上の選挙運動をやれば、滝下の学校におれないようにしてやる旨申し向け

第三、被告人ツネ子は、同選挙の選挙人である尾藤雅一に対し、同人が前記井上光義を支持することを阻止し、被告人忠を支持せしめようと企て、同年四月一五日午前九時頃前記自宅において、井上を推さないで被告人忠を推さなければ毎年右尾藤から買つている馬鈴薯を買つてやらない旨申し向け

もつて、それぞれ特殊の利害関係を利用して威迫したものである」

との公訴事実に対し、被告人佐藤ツネ子に関する右第三の事実についてのみ有罪とし、同被告人に対しては、罰金二万円(求刑三万円)公民権停止一年の判決を言い渡し、同被告人に関する第一の一、二の各事実、および被告人佐藤忠に関する第一の二、第二の各事実については、特殊の利害関係を利用して威迫したとの点を除き、その余の事実を認めながら、特殊の利害関係を利用して威迫したとの点に関し、右各威迫は、いづれも被告人等と被威迫者との間に直接存在する特殊利害関係を利用したものではなく、右各被威迫者と第三者との間に存する特殊利害関係を利用したものであることが明らかであるところ、公職選挙法二二五条第三号の立法趣旨は、同条同号にいわゆる特殊の利害関係を利用することにより選挙の自由が妨害されることを防止するのであつて、当該特殊利害関係を利用する者が、「威迫の内容」に対して何らかの影響を与え得る者であることを要するので(最高裁判所昭和三六年一〇月三一日判決、刑集一五巻九号一六二九頁参照)、この点についてみるのに、前記公訴事実第一事実については、被告人両名が因英太と紋別郵便局長との間の郵便物集配委託契約関係の解消について、現実に何らかの影響を与え得るものであると解するに足りる具体的な事実を認め得る証拠はなく、また、前記公訴事実第二については、被告人忠が袴田信郎と北海道教育委員会ないし滝上町教育委員会との間の任命関係ないしその配置転換につき、現実に何らかの影響力を与え得るものであると解するに足りる具体的な事実を認め得る証拠はないとして、無罪を言い渡した。しかしながら、右判決は、被告人等が被威迫者に対し、威迫内容につき影響を与え得る者であると認め得るに拘らず、これを認め得ないとした事実の誤認があつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつ一部有罪と認定した被告人佐藤ツネ子に対する量刑も軽きに失し、不当であるから、いずれの点においても到底破棄を免れないものと思料する。

第一、事実誤認について

一、公訴事実第一の各事実(因英太に対する威迫)について

被告人両名とも、被威迫者である因英太と紋別郵便局長との間の郵便物集配委託契約関係の解消に、影響を与え得る立場にあつたと認められる。

すなわち、本件は、原判決も指摘するごとく、被告人両名と前記因との間に直接存在する特殊利害関係を利用したものではなく、右因と、第三者、すなわち、濁川郵便局長ひいては紋別郵便局長との間に存在する特殊利害関係を利用して威迫した事案であるが、原判決は、右委託契約をめぐる被告人両名と右因との関係について、「前記因英太の郵便集配委託契約は、濁川郵便局長が、紋別郵便局長名義で、事実上、受託者たる因英太との間で契約を締結し、右契約から生ずる事務を執つていたこと、前記滝下郵便局地域は、滝上町字上渚滑原野滝下部落で、その戸数は約六〇で、被告人らは同部落の住民であること」と認定しただけで、前記のごとく、被告人等に「郵便物集配契約関係の解消」について現実に何らかの影響力があつたと解する具体的事実を認め得ないとしているのであるが、およそ公職選挙法第二二五条第三号の利害関係利用威迫罪の成否を問擬するにあたり、特殊利害関係を利用する者の「威迫の内容」に対する影響力を判断するためには、当然、被威迫者の地位、職業および威迫者の地位を「威迫の内容」に関連せしめて考慮しなければならないものであり、これを本件についていえば、被威迫者である右因の郵便物集配委託契約上からみた職業的地位と、威迫者である被告人両名の滝下部落内における社会的地位に基づく同部落内における発言力、指導力など部落民に対する影響力、および、これを背景とした郵便利用者としての郵便物集配委託契約当事者に対する影響力をその判断資料としなければならない。

1. 前記因の証言(記録八一丁ないし八二丁、一一五丁ないし一一六丁)および広瀬尚幸の証言(記録一二〇丁ないし一二一丁、一二九丁ないし一三〇丁)によれば、右因は、昭和四〇年一一月一六日より翌四一年四月三〇日までの間郵便物臨時集配人として稼働し、ついで昭和四一年一一月一六日から再び同集配人として郵便集配業務に従事するに至つたこと、右業務は、紋別郵便局長と右因との間に締結された郵便物集配委託契約に基づくものであり、契約期間は昭和四二年四月三〇日までであること、右契約は、事実上濁川郵便局長広瀬尚幸が担当し、かつ右因に対する指導監督も右広瀬において行なつていること、および、本件委託契約の解除または再契約の当否についての決定は、事実上右広瀬の判断にかかつていることなどの事実が認められる。

しかも郵便物集配委託契約書第一五条第一項(契約の解除)には(記録四五丁)、「次の各号の一に該当するときは、甲は、この契約の全部または一部を解除することができる。(1) 乙が解約を申し出たとき。(2) 乙が郵便物の集配を拒み、または故意にその集配を遅延させたとき。(3) 乙が郵便物の集配を所定の時刻または手続どおり履行せず、または故意に郵便物の取扱を粗雑にするなど郵便物の安全、正確、かつ迅速な集配に支障があると認められるとき。(4) 前二号のほか乙がこの契約で定めた事項を履行しないとき」と規定されているところであつて、これらに該当する場合紋別郵便局長又はその代理人である濁川郵便局長が右因との本件委託契約を解除することは契約上可能であるのみか、かりに右因において右条項に違反する所為がなくとも、郵便利用者が、監督者である右広瀬に対し、これらの事項にあたると申告をなし、苦情を申し立て、同人等の監督権に基づいて右因が解約されることも十分ありうるところであり、またこれが解約に至らない場合でも、再契約を拒否されることがあり得ると考えられるのである。

右因が、国家公務員としての身分を有する正規の郵便集配人でなく、右のごとく一定期間ごとに締結される委託契約によつて集配業務に従事するものであること、および、右広瀬の、「配達区域のものが郵便集配人のことについて発言した場合それを尊重する」旨の証言(記録一二六丁)によつて明らかなごとく、右因の臨時郵便集配人としての職業的地位は極めて不安定であつて、郵便利用者の発言は、右委託契約の解消に相当な影響力をもつと認められるのである。現に右因は、被告人らから本件威迫を受けた際の心境について、公判廷にあつては、「やはり自分は局長さんに使われているんだし、佐藤さんは局長さんに話でもしてやめさせるのかなと思いました」旨証言し(記録一二丁)、また検察官に対する供述調書中でも、「私の配達受持区内の佐藤さんが私のありもしない事を局長に云われたり投書されたりしたら、私は集配人を辞めさせられるかも知れないという心配はありました」旨供述しているのであつて(記録二一三丁ないし二一四丁)、この因の不安感が何よりも同人の地位の不安定性を表徴しているものであり、かつ、郵便利用者の発言の影響力を証明しているものと思料されるのである。

2. 控訴審において証拠調請求予定の紋別郡滝上町議会議長草野正名義の回答書および同町選挙管理委員会委員長並木巳代歳名義の回答書、ならびに、被告人佐藤忠の公判廷における供述(記録二四五丁ないし二四七丁、二八〇丁ないし二八三丁、三三〇丁など)によれば、同被告人は、昭和三四年以来本件犯行当時に至るまでの間にわたり、前記因の郵便物集配受持区域にある右滝下部落を地盤として、同部落の推せんにより滝上町議会議員選挙に立候補し、当選を続けた現職町議会議員であり、かつ、本件選挙にあつても、同部落から井上光義、日野猛が同被告人の対立候補として立候補し、激戦となつたにもかかわらず、自からは二八一票を獲得して、右井上に対しては一一一票、右日野に対しては一五二票の大差をつけて当選していることが認められ、また、同被告人は、昭和二七年頃から同部落に二軒しかない澱粉工場の一つを経営し、しかもその工場は他の工場より規模は大きく、その他に雑貨商、新聞販売店も兼ねて経営していることから、同部落における代表的資産家であることが認められるのであるから、同被告人の右滝下部落における社会的地位は極めて高く、また政治的実力も高く評価されており、その発言は同部落民に対し相当強力な影響力をもつているものと判断するのが相当である。

被告人佐藤ツネ子は、被告人佐藤忠の妻であるから、右滝下部落においては、右忠の社会的地位、発言力を背景として、これと同程度の影響力をもつていたと認められるのであつて、このような部落民に対する影響力をもつ被告人両名が、前記因において滝下部落の郵便集配業務を担当していることを不満として、郵便利用者である部落民多数に働きかけ、同人を排斥するための措置をとるに至つたならば、部落の与論を統一することは極めて容易であり、その与論を背景として、濁川郵便局長である右広瀬に対し、郵便物集配委託契約の解消を要求したとするならば、郵便業務がサービス業務であることの特質上、同人としてもこれを無視することは困難であつて、前記のごとく不安定な地位にある前記因に対し解約行為におよぶか、あるいは集配業務を辞退するよう要求するか、または再契約しないなどの措置におよぶことが当然予測し得るのである。

3. 控訴審において証拠調請求予定の広瀬尚幸に対する検察官作成の供述調書によれば、被告人佐藤忠は、右のごとき事業を経営している関係から、濁川郵便局の集配する同被告人方の郵便物は同部落において最高であり、それ故に、右広瀬が郵便サービス業務改善のための資料集収の目的で、郵便利用者宅を巡回する際には、必ず、その代表者的地位にある同被告人宅を訪問しているし(記録一二八丁)、また、濁川郵便局にとつては、同被告人において簡易生命保険に加入しており、また郵便貯金を行なつている関係から、いわば得意先であつて、日頃郵便物の集配に限らず深い交渉があつたことも認められるのみならず、同被告人は右広瀬と同町内に居住している関係から、町内の有力者による新年会、PTAの会合などで日頃接触の機会も多いのであるから(なお記録一二八丁)、前記のごとき同被告人の社会的地位や、大口郵便利用者との地位を擁して、右広瀬に対し、右因との前記契約の解消を要求するにおいては、その効果は直接的であり、かつ重大であつて、その影響力は一般郵便利用者の申告と比すべきもないのである。

現に、被告人両名は、因が対立候補予定者である井上光義の選挙運動をなしているものと推測し、本件所為におよんだ直後、右広瀬を被告人らの自宅に呼び、郵便集配人である前記因において選挙運動ができるか否かを質問しているのであつて(記録一二一丁ないし一二三丁、二五七丁ないし二五八丁、三五七丁)、このような被告人らの行動からみても、被告人らが場合によつては右広瀬に対し、前記委託契約の解消を要求する行動に出る可能性があつたことは容易に想像されるところである。

以上要するに、被告人佐藤忠が右因の集配受持区域内に居住する最大の郵便利用者であるのみならず、現職町会議員であり、被告人佐藤ツネ子はその妻であつて、ともに部落内の有力者である事情を考慮すれば、勢い、部落民のみならず対外的にも相当な発言力と影響力をもつているものと認めるのが相当であり、かかる被告人らの地位と前記因が臨時郵便集配人であり、一般集配人に比較して身分的保障がなく、その業務内容も冬季間だけの郵便集配の請負いにとどまる特殊なものであつて、都会地における一般郵便利用者と郵便集配人および同集配人と郵便局長との関係とは到底比較し得ないものであることなどを綜合すると、被告人らが前記契約の解消という威迫の内容に具体的な影響をもつていたと認定するのが相当であつて、原判決が、これらの特殊性に目を蔽うか、あるいはこれを過少に評価し、被告人らに右影響力がないものと判断したことは明らかに事実を誤認しているものである。

二、公訴事実第二について

被告人佐藤忠が、被威迫者である袴田信郎の転任につき、影響を与え得る立場にあつたことは明らかである。

原判決は、「検察官主張のように、被告人忠の町会議員、体育後援会長、住民の立場じたいから、威迫の内容である『袴田信郎の転任』につき、本件のばあい、被告人忠が現実に何らかの影響力があると解するに足りる具体的な事実を認めるに足る証拠はない」旨認定しているのであるが、その意味するところは、同被告人の右のごとき立場自体では、被威迫者である袴田信郎に関する人事権に介入し得る余地がないとの趣旨であると理解されるところ、同被告人が右袴田の人事に影響力があるや否やは、単に被告人の形式上の地位や、右袴田に対する人事権運用の形式のみで判断すべきものではなく、教職員人事の運用の実態からみて、同被告人のこれらの地位に基づく関係者えの働きかけが、事実上袴田の人事に対し如何なる影響力があるかということを資料として判断しなければならないのである。

1. 教育委員会の組織、権限、および教育委員の任免、ならびに右袴田のごとき市町村立学校の教職員に対する任免、監督などについては、「地方教育行政の組織及び運用に関する法律」によつて規定されているところであるが、同法によれば、教育委員の任命罷免は、地方公共団体の長が議会の同意を得て行ない(第四条第一項、第七条)、教職員の任命権者は、都道府県教育委員会であつて(第三七条、第三四条)、都道府県教育委員会は、市町村教育委員会の内申により教職員の任免などを行ない(第三八条第一項)、市町村教育委員会は、教職員の服務を監督するほか(第四三条第一項)、教育長の助言により都道府県教育委員会に対し教職員の任免などに関する内申をなし(第三八条第二項)、学校長も、市町村教育委員会に対し、教職員の任免などに関する意見を申し出ることができるのである(第三九条、第三六条)。これを本件についていえば、滝上町教育委員に対する任免は、滝上町長が同議会の同意を得て行ない、その関係から同町議会が同町教育委員会より優位にあり、間接的にこれを監督するものであること、および、右袴田に対する任免、配置換などの人事権は、北海道教育委員会に属し、これは滝上町教育委員会の内申によつて実施されているものであるが、この内申は、実際上同町教育委員会が教育長に委任しており、教育長の作成する内申が人事の資料となつていること、ならびに、滝下小学校長は、右滝上町教育委員会に対し、右袴田の任免その他の進退に関する意見を申し出ることができる仕組みになつていることが明らかである(記録四九丁ないし五一丁)。

2. 被告人佐藤忠は、前記のごとく滝上町議会議員の任にあつたものであり、特に、前記紋別郡滝上町議会議長草野正名義の回答書によれば、同被告人は、昭和三八年五月から同四〇年三月までの間、同議会において、社会文教常任委員として同町の教育行政を担当していたことが認められ、同町における教育関係者とは相当広い面識があるものと推認し得るのみならず、昭和四二年一一月二五日付袴田信郎に対する検察官作成の供述調書中の記載(記録二二八丁ないし二二九丁)、および被告人佐藤忠の公判廷における供述(記録二九九丁ないし三〇〇丁)、同被告人に対する検察官作成の供述調書中の記載(記録四〇七丁ないし四〇九丁)によれば、同被告人は昭和三九年夏頃から滝下小中学校体育後援会長となり、毎年自ら一万円醵出するほか、卒先して寄付金を集め、毎年一〇万円程度同学校に寄贈するなど、被威迫者である右袴田の勤務する滝下小学校に対しては相当な協力実績をつくり、その功績が高く評価されていることが認められるのであるから、当然、同被告人の同校関係者に対する発言力は大きいものと推認されるところである。

さればこそ、滝上町教育委員会中村教育長や、滝下小学校杉本校長と同被告人とが、相当懇意の間柄にあるのであつて(記録四〇六丁)、かかる立場にある同被告人が、町会議員であること、体育後援会長であることを背景として、前記のごとく右袴田の人事に関し、内申などの権限をもつ前記教育長や、前記校長に対し直接右人事に悪影響をおよぼす事項を申告することも可能であり、ひいてはこれが右袴田の人事に影響する可能性も十分存在するのである。

しかも、同被告人は、町会議員として、町議会において、右袴田ら教職員を監督する滝上町教育委員会委員長又は教育長に対し、弾劾質問をなすことなども可能であつて、議会を通じ、右袴田の言動を非難追求することによつても、間接的に右袴田の人事に影響を与え得る立場にあつたことが認められる(記録五〇丁ないし五一丁)。

同被告人も、右袴田の人事に介入し得る可能性を認識したうえで、本件犯行におよんだものであることは、同被告人の昭和四二年五月一〇日付検察官作成の供述調書中の、「若し袴田先生が私が注意しているのに選挙運動したら、私は今の学校長の杉本さんと懇意にしておりますし、又町会議員をしております関係上、町の教育長の中村さんとも懇意で、この人は、私の年下で後輩でもあるので、袴田先生が選挙運動をやつたのであれば問題にしようと思えばできました」旨の供述記載(記録四〇六丁)によつても明らかである。

3. そもそも、利害関係利用威迫罪における威迫は、不利益を加えまたは加える旨を予告することによつて、相手方の意思を抑圧しようとする行為であるから、相手方に対し、特殊な利害を感ぜしむる事情が存在するか、相手方がその事情を認識するか否かの点に重要な意義が存するのであるが、本件威迫に対し右袴田は、昭和四二年五月七日付検察官作成の供述調書において、「佐藤さんが学校長に働きかけて私をほかへ転勤させるように町の教育委員会へ具申させるということは、今の校長先生ならつつぱねると思いますので、そんなことは出来ないと思いますが、佐藤さんは、町の教育長や町議会に働きかけて、私が選挙運動をやつておると言つて問題にすることは町会議員である佐藤さんの立場上出来ると思いました」旨供述し(記録二一八丁ないし二一九丁)、また公判廷において、「佐藤さんを怒らせたらあらゆる方法を構じられて私に不利になる点が話される可能性はあると考えていました」旨供述している(記録一四三丁)のであつて、自己の教員としての地位と、同被告人の地位から考え、自己が不利益を受ける可能性を認識したことは明らかであるから、この点からみても原判決が、同被告人の実質的な地位や、教職員の人事権運用の実態につき判断することなく、形式的な事実をとらえて、「威迫の内容」に対する影響力を判断したことは、明らかに不当であるといわなければならない。

以上のように、同被告人は公私にわたり、滝上町教育委員長、および教育長、ならびに滝下小学校長など教職員人事担当者との関係は極めて深く、本件威迫の内容である「袴田信郎の転任」につき、具体的な影響を与え得る立場にあつたと認めるのが相当であり、むしろ、その影響力は直接的であると思料されるから、この点に関しこれを否定した原判決は、明らかに事実を誤認したものである。

叙述のとおり、本件公訴事実中、第一、第二の各事実についても、それぞれ被告人両名が各威迫の内容に対して影響を与え得る立場にあつたことは明白であるのに、原判決は、被告人らの実質上の地位を看過軽視し、かつ被威迫者の地位の不安定性や、被威迫者に関する人事権運用の実態を理解することなく、威迫の内容に影響力があると解するに足りる具体的事実がないとして無罪を言い渡したものであつて、この点事実の誤認があり、これが判決に影響をおよぼすことが明らかである。

第二、量刑不当について

前記のごとく、原判決は、被告人佐藤ツネ子に対し、第三事実についてのみ有罪と認め、罰金二万円、公民権停止一年の判決を言い渡したものであるが、既述のごとく無罪部分につき到底破棄を免れないものである以上、右科刑は明らかに軽きに失するものと思料するから、有罪部分に関する判決も破棄し、全公訴事実につき併せて適正な量刑を求める次第である。特に、本件のごとき、いわゆる選挙妨害事犯は、選挙の自由やその公正な運用を阻害する点において、買収事犯とともに最も悪質な選挙犯罪であるから、他戒のためにも相当厳重な量刑をもつて臨む必要があることは明らかである。

以上の理由により、原判決は到底破棄を免れないものと思料するので、原判決を破棄し、さらに相当な裁判を求めるため本件控訴におよんだ次第である。

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